北の湖敏満 北海道が生んだ偉人

北の湖敏満 北海道が生んだ偉人

北の湖第55代横綱は、1953年5月16日北海道壮瞥町に生まれた。
本名は、小畑 敏満(おばた としみつ)

言わずと知れた大横綱である。

「北海道南部に怪童あり」された幼少時代。中学時代に上京し、墨田区立両国中学校へ転校した北の湖。三保ヶ関部屋に入門後、なんと史上最年少21歳2ヶ月の若さで横綱へ昇進した。まさしく「北の怪童」だ。

「北の湖」の由来

四股名の「北の湖」の由来は、故郷である壮瞥町にある洞爺湖に因んで三保ヶ関(みほがせき)が命名した。

三保ヶ関(部屋)とは、日本相撲協会に所属していた出羽海一門の相撲部屋で、大阪が始祖。
年寄・9代三保ヶ関(大関・増位山)が三保ヶ関部屋を再興し、北の湖は、三保ヶ関部屋に所属していた。

永遠のライバルは、輪島
北の湖と輪島の熱い戦いは、「輪湖(わうみ・りんこ)時代」とも呼ばれた。

優勝は、幕内最高優勝24回
まさに「偉大」そのものである。

巨星が散った11月20日(金)の夜

そんな北の怪童が、2015年11月20日(金)の夜、直腸がんによる多臓器不全で、62歳の若さで亡くなった。

「ひとつの時代が終わったんだな」

と感じる。

ひとつの時代が終わりを告げると、人は何故か過去を思い出し無性に寂しくなるというものだ。

「北の湖記念館」

実は、偉大な大横綱を記念して建てられたのが記念館が北海道壮瞥町にあるのです。
その名も、壮瞥町相撲ミュージアム「北の湖記念館」。

「北の怪童」にまだ会ったことのない人は是非、訪れてみてほしい。

北海道が産んだ近年稀にみる偉人の功績を。

北の湖記念館の場所はこちら。
北海道有珠郡壮瞥町字滝之町294-2
TEL・FAX:0142-66-2201