北海道ノスタルジーオヤツ「月寒あんぱん」編

食べ歩きヘッダ

全国各地にセンチメンタルでノスタルジーな昭和なオヤツが存在しています。今となっては老若男女に幅広く愛されているわけでもなく、それでも決して淘汰されるわけでもなく…。ひっそりと今も根付いているお菓子達…。北海道にもそんなオヤツがいくつかあります。

月寒あんぱん

道内のコンビニやスーパーの和菓子コーナーにひっそりとある「月寒あんぱん」。道外ですとアンテナショップ等で購入することができるみたいですね。私は北海道に来て初めて「月寒あんぱん」を知りました。「なにこれ?」って食べてみて「これアンパンじゃなーい!北海道ではアンパンは固いものなの?」なんて思ったことがあったりして…。すっごくメジャーなお菓子ではないけれど、実は100年の歴史がある北海道のお菓子「月寒あんぱん」のご紹介をしたいと思います。

株式会社ほんま「月寒あんぱん」

株式会社ほんま「月寒あんぱん」129円(ローソン)

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「あんぱん」といっても、「月寒あんぱん」は酵母で発酵させたパン生地のふんわり柔らかいパンに餡が入っているパンではありません。固くて、平らで…どちらかというと「月餅」に近い「お菓子」です。

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こちらは月餅です

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ただ、「月寒あんぱん」には油脂は入っておらず、ラードや胡麻油の入った月餅のこってり濃厚な味わいとは違い、さっぱりとしていて、月餅とは似て非なるものでございます。

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「月寒あんぱん」の断面

「月寒あんぱん」の断面

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「月寒あんぱん」…100年の歴史をご紹介します。

札幌の繁華街、すすきのから国道36号線を東に向かい豊平川渡ると、かつて道内最大の軍隊、陸軍歩兵第25連隊が置かれていた「月寒(つきさむ)」の町があります。

木村屋のあんぱん」、その大ヒットの先に

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明治7年、「木村屋あんぱん」で有名な東京芝日陰町の「木村屋総本店」の創業者、木村安兵衛が酒種酵母による「桜あんぱん」の製造開始しました。翌年明治天皇にも献上され、瞬く間に銀座名物の大ヒットとなったそうです。当時月寒の連隊内で菓子を販売していた仙台出身の大沼甚三郎が、その「あんぱん」をあれこれと想像しながら作ったものが現在の「月寒あんぱん」の原点です。

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915000

出典:木村屋総本店「酒種あんぱん」

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その製法を甚三郎から教わったのが、現在「月寒あんぱん」を製造販売する株式会社ほんまの創業者本間与三郎さん。与三郎さんは当時月寒に連隊に日用品をはじめさまざまな物資を納めるお店をしていたそうです。与三郎さんは奥様と共にひとひとつ手づくりし、レンガの「トンネル窯」で焼き上げ、連隊に運んだそうです。

甘いお菓子が貴重な時代、兵隊達の人気者に

当時ひとつ一銭、黒砂糖で練ったこしあんがずっしり入った大きなお菓子は兵隊たちに大人気となったそうです。明治44年、連隊と住民が月寒から平岸に抜ける道路を造る際、豊平町が軍に感謝を込めて毎日ひとりに5個のあんぱんを提供したんですって。その道路はあんぱんを頬ばりながら造ったので「アンパン道路」なんて呼ばれていたとのこと。

戦後の混乱の中、唯一製造を再開した「ほんま」

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