そもそも日本を、日本人を、誰が守るのか?

真面目な政治

そもそも、日本を、そして日本人の安全は誰が守るのでしょうか?

猿は、誰にも教えられることなくボス猿が、別のグループの猿から同じグループの猿を守ります。猿以外の動物もグループという社会性を持つ動物は、同様の行動をとります。

そこに、ほぼほぼ例外はありません。
結局のところ、人も同じで、外国の人が日本人を守ってはくれません。
これはごくごく自然な行動であり、現代の人間社会でも、過去をさかのぼっても「常識」以外のなにものでもありません。
しかし、現代の日本は、例外的に、日米安保の元、米国人だけが日本人を守ってくれています。人として、生物として、
日本人の安全は、日本人が守る。
これが自然なことなのです。

人が人である為に、人として守り行うべき筋道 のことを「倫理」といいます。

しかし、日本人の中には、

「米国人に守ってもらうけど、憲法があるから米国人が殺されても助けません。」
「日本人の血が流れることはしません。平和主義ですから。平和が一番ですから。」
「これが日本型平和ブランド主義ですから。」

といった主張をする人々がいます。日本人の様々な思想や表現は、憲法の自由権によってその権利が認められていますから、何を言っても、何を考えても、基本的には自由なので結構なのですが、これらの主張を支える思想には、そもそも「倫理」というものが根本的に欠如しています。

なかには、あまりにも「平和」という言葉や妄想だけが先走りすぎて、そもそも日本人を誰が守るのか?という根本的な問いかけに現実的な解を見出せていない人々もいるようです。多くのマスコミは、今回の論争で集団的自衛権の行使を認めた閣議決定を「戦争法案」とテレビの中で煽りました。
鳥越何某がテレビで「日本を攻める国がどこにありますか?」と声高に叫び、田中何某が、「憲法が最大最強の歯止めだったとくだを巻きました。
仕舞いには、自民党村上誠一郎が「日本型平和ブランド主義のどこが悪いんだ?」と息巻く始末。
そもそも、日本人を誰が守るのでしょうか?
日本人を守るのは、国家であり、日本人です。
もし、同盟国の仲間が、日本人を守る為に敵と戦っているのであれば、我々日本人もそれを助け戦わなければなりません。
それが、人として守り行うべき筋道、つまり「倫理」というものです。
日本には成熟した社会があります。これは、私達日本人が長い時間をかけ、高い倫理感と道徳意識を積み上げてきた賜物です。私達日本人は、私たち日本人の安全を守ろうとしてくれている人々を見捨てるような、倫理無き人となるべきではありません。
また、平和は、勝手に訪れるものではありません。
日本人は、性善説を元に生活する数少ない民族です。それは日本人のとても良いところではありますが、地球上のすべての民族が、私達日本人と同じように、性善説を元に生活しているわけではありません。日本列島という小さな島の中だけで完結し生きていくことができていた時代はそれでも良かったのですが、飛行機や船や潜水艦など短時間で人が移動することができる手段が発達した現代では、残念ながら、「性善説」だけでは通用しなくなりました。平和は自らの手で築き上げるものです。想うだけでは、平和は手に入りません。
想うだけでは、強盗殺人犯から自身の身はもちろん、女性や子供を守ることもできません。

倫理・道徳を守り、共に平和を築き上げる為に。
常日頃から、私達日本人の平和は私達日本人が築き上げるのだ。

という当たり前の意識を是非持ちたいものです。

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